名も知らぬ貴方へ
2003-12-09 by Manuke

 冷たい雪に覆われたその場所から、私は校舎を見上げた。
 吐息が霧となって漂う向こう、白亜の建物が真南へと達しつつある太陽からの日差しを浴びている。
 そうそう出会えるはずもない。私はその人のことを何も知らないから――ただ、ここに通っているということ以外には。
 理解していて、それでも私は待ち続ける。自分でも理由は分からない。
 何故だか、待つことは苦痛ではなかった。
(私には、あんまり時間は残っていないのに?)
 心の中で呟いて、くすっと笑う。
 理不尽でも構わないのだと思う。だって、世界そのものが理不尽で、不思議に満ちているのだから。そして人の心もまた。
 やがて授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、静まり返っていた学校が活気を取り戻すのが感じられた。
 あまり長い間ここにいると困ったことになるかもしれない。そう思っても、足は動かない。
 そのとき、一人の人影が私の立つ中庭へと足を踏み入れるのが見えた。
「……あ」
 驚きのあまり、声が漏れてしまう。
 やっぱり、待っていた甲斐はあったのだ。
 私は微笑みかける。そう、今はまだ名前も知らない、私の待ち人へと――

Fin.